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青眼展墓録


太田垣蓮月(一七九一〜一八七五)

江戸後期の女流歌人。名は誠(のぶ)。伊賀の人。京都・知恩院門跡の坊官太田垣光古(てるひさ)の養女となるも夫や子ども、義父にも次々と先立たれ、三十三歳にして出家、名を蓮月と改めた。和歌を詠み、生涯孤高の生活を送った。また生活のため始めた陶芸は「蓮月焼」と呼ばれ、今も多くの愛好家から珍重されている。
家集に『海女の刈藻』がある。



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