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青眼展墓録

太田垣蓮月(一)

はじまりは「書」

蓮月尼の人柄にふれるには、彼女の書をみることである。自詠の和歌を短冊や画幅にしるしたおだやかでいて張りのある墨線、あるいは自作の茶器に和歌を彫りつけた淡々としたタッチ。どれもがみな瑞々しくて美しい。

古今より書の名手・名人は、多士済々いても、ぼくにとって北宋の奇才・奇(一〇五一〜一一〇七)などは、書聖・王羲之や顔真卿をおいて、あだやおろそかに習うことはおろか、心底こんな字を書く人にはかなわないと感じさせられてきたが、漢字と仮名の違いがあるとはいえ、蓮月尼の書も断然そのひとつである。ひと目で彼女と分かる品位ある書は、彼女の和歌と同様いっけん平明にみえて、やさしさが筆に乗り移ったようで人をして清々しい気持ちにさせる。一度はお会いしてみたいと思わずにはいられない人の書である。

蓮月尼が代筆の代筆をする話

こんな話が伝わっている。蓮月尼の名が高くなるにつれ、彼女の短冊を求める人が多くなった。あまりに多くなりすぎ、余儀ない人からの求め以外は断ることにした。それでも彼女と昵懇なひとりの尼さんを通じて頼んでくる。蓮月尼は、その尼の顔をつぶしてはと書いてやったところ、いよいよその尼を介しての依頼が増えてきた。彼女もほとほと困って、その尼さんに自分の和歌二、三首の手本を書いて与え、「これからはあなたの所へ頼んできたものは、そっとあなたが代筆してあげてください」ということにして安心していた。

ところが、程なくして、その尼さんが訪ねてきて、「また新しい歌を三つ四つ教えてください。同じ歌ばかりでは人が変に思いますから」と言う。蓮月尼が「まだそんなに短冊を書いてくれと言ってきますか」と尋ねると、その尼さんは「もう毎日机の上に堆くなります。わたしもこの頃では重荷になってきました」と言う。彼女は尼さんに同情し「それはお気の毒な、わたしの重荷があなたの肩に移っただけのことですものね、これからはわたしがチト代筆させてもらいますから」と申され、代筆の代筆をされたという。

晩年の住処・西賀茂神光院

今年の如月立春の頃、蓮月尼が晩年を過ごした京都は西賀茂・神光院とそのほど近くにある小山墓地を訪ね、彼女の墓前に詣でてきた。

西賀茂・神光院

神光院は真言宗の寺。東寺・仁和寺と並ぶ京都三弘法の一つで、地元の人からは「西賀茂の弘法さん」と呼ばれている。桜並木の参道を進むと山門に当たる。山門の右手には大きな石標が立ち、中央に一行「厄除弘法大師道」と大きな文字が刻まれ、その左右に「右西賀茂神光院、是ヨリ約五町北西ヘ」「歌人蓮月尼隠栖之地」とある。山門を入るとすぐ左手にささやかな茶所が残っており、その奥に本堂がある。

蓮月尼茶所慶応元年(一八六五)春、七十五歳の蓮月尼は、神光院の茶所に引っ越し、そこを終の住処とした。かつては年に十三回も引っ越しをし「屋越の蓮月」と言われた彼女が、明治八年(一八七五)十二月十日、享年八十五歳で入寂するまで十年余をこの小庵で過ごしたのである。

彼女は、世の喧噪や来訪者の煩わしさから逃れて、ひたすら土をこね、ロクロをあやつって埴作りに没頭した。彼女のつくる「蓮月焼」は、その頃には京みやげの最上のものとして、注文がひっきりなしであったという。

しかし、ときは勤王の志士や新撰組が跋扈し、指呼の間で鳥羽伏見の戦いが行われた幕末維新の京都。そのただ中にあって同時代と距離をおいた蓮月尼の身の処し方は、絶妙ただごとではない。ひとくちに「時代に流されない」と言っても、平時であれば何でもないことでも、どんなに冷静でいるつもりでも否応なく巻き込んでしまうのが乱世にほかならない。彼女の当時の心境は次の一首に窺うことができる。

蓮月尼碑あけたてば埴もてすさびくれゆけば
仏をろがみおもふことなし
いま、茶所の横には彼女の徳を頌えた
「蓮月尼碑」がひっそりと立っている。

くさぐさの人々への展墓

これからは、敬愛すべき蓮月尼と彼女の周辺にあったくさぐさの人々、文人では富岡鉄斎、小沢蘆庵、上田秋成、与謝蕪村など、僧門では妙法院真仁法親王や和田智満和尚、あるいは寺門ゆかりの人々の墓前に詣で、ささやかな展墓の記録を記していきたい。これら十八世紀から十九世紀にかけて京都に生きた人々の交流をスケッチ風に描くことにより、同時代の三井寺の姿が浮き彫りにできればと考えている。



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