天台密教の秘経としての大日経
天台密教の秘経としての大日経
伝教大師は日本天台を開いて、そこに止観業と遮那業の二つの法門をおいて、護国のための修行にあたらせた。ところが、弘法大師が中国から本格的な密教を伝来して真言宗を広めてから平安時代の貴族社会では密教が大流行した。日本天台宗でももともと遮那業において密教を重視していたから、この法門をもっと盛んにして時代の要求に答えようと、伝教大師の後継者の慈覚大師円仁や智証大師円珍は入唐求法して大いに密教を学び、日本天台宗に密教法門を発展させていった。ここに天台密教(台密)が完成したのである。こうして、日本天台宗には顕教としての止観門と密教の二つの法門が一致するものとして並存することになった。天台宗は天台法華宗とも称されるが、これは顕教門として止観修行の所依の経典が法華経であるからで、密教門では別の経典をもって主所依としている。次のいわゆる「三部の秘経」である。
大毘盧遮那成仏神変加持経(大日経) 七巻 善無畏訳
金剛頂一切如来真実摂大乗現証大教王経(金剛頂経) 三巻 不空訳
蘇悉地羯羅経(蘇悉地経) 三巻 善無畏訳
これに、次の二経を加えて「五部の秘経」と称することもある。
菩提場所説一字頂輪王経 五巻 不空訳
金剛峰楼閣一切瑜伽瑜祇経 一巻 金剛智訳
これらは台密にとってもっとも重要な経典とされるが、またこれに不空訳の「金剛頂瑜伽中発阿耨多羅三藐三菩提心論(菩提心論)」を加えるが、これと前の「三部秘経」と合せて「密の三経一論」と呼び、台密行者の必読の経論とされている。 「三部秘経」についていえば、大日経は理の胎藏界を説き、金剛頂経は智の金剛界を表すものとされ、東密では両経は表裏一体をなすものであるという。一方、台密では両経はそれぞれ独立していることを認めつつも理と智とが融合不二である神秘を示しているのが蘇悉地経であると主張し、これらを密教の三部経として尊重するのである。ここに弘法流(東寺密教すなわち東密)の密教思想と台密のいちじるしい相違点の一つがみられ、これは密教の血脈相承の思想の上にまで重大な意味をもつことになる。 また、善無畏は大日経義疏のなかで、胎藏曼荼羅は「妙法蓮華経最深の秘慮」であると説いているが、もともと密教の阿闍梨たちには金剛頂経は華厳経の深秘であり、大日経は法華経の深秘であるという考えが潜んでいた。こうした伝承が台密にも影響しているのか、台密では金剛頂経よりは法華経の深秘を説く大日経重視の風潮が認められる。 現行の大日経は七軸三十六品から成るといわれるが、これが大日経の全部ではなく、単に一部にすぎないといわれる。古来から、大日経には三種の原本があるといわれている。第一は法爾常恒の本、第二は分流広本十万頌、第三は略本三千頌で、現行の七軸三十六品はこれに当たる。 この三種本の説について弘法大師は大日経開題の中で、
次のように説明している。
この経に総じて三本あり。一には法爾常恒の本、諸仏の法曼荼羅これなり。
二には分流の広本にて、龍猛の誦伝する所の十万頌の経これなり。
三には略本にして、三千余頌あり。
頌文三千、経巻は七軸なりといえども略をもって広を摂し、一字のなかに無辺の義を含み、一点の内に塵数の理を呑む。(略)広略は殊なれりといえども、理致はこれ一なり。
つまり広本十万偈と略本三千解偈の違いはあっても、大日経正本の主旨は現行の三千頌の略本のなかに充分に説かれているというのである。第一の法爾常恒の一本についてはその存在を確証する資料はまったくない。したがってこれは、法身仏が自証の極位にあって常住三世にわたって説法をつづけているという経説から由来するものであろう。おそらく大日経の三本説は弘法大師の創見であろうと考えられる。 なお、現行の大日経の由来については、東密では南天鉄塔誦出説を相伝しているが、台密では北天竺国において採樵の野人が発見したという説をとっている。
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